本作の主人公・美世が清霞に贈ってもらった「桜の着物」。
今回はスペシャル企画として、手描京友禅「木村染匠」の染色作家・木村むつみさんに世界で1つだけの着物を制作いただきました。
着物協力:木村染匠株式会社
1 手描京友禅と染匠
手描京友禅は、複雑な工程と高度な技術が必要なため、各染色工程を専門の職人が受け持っています。企画考案・下絵・糊置・引染・挿友禅など、完成までに約12~20の工程が分業化されており、その工程のすべてを続括しプロデュースするのが染匠の仕事です。
2 制作の全工程
企画考案→湯のし→検尺・墨打ち→草稿→糸目糊置→糊伏せ→地染め→蒸し→水元→友禅地入れ→
彩色(挿友禅)→蒸し→水洗→水元→湯のし→金彩→仕上げ→本仕立て
3 主な工程解説
◎訪問着
①草稿(木村むつみ・中川眞理子)
いただいた設定資料を元に柄の配置を検討。忠実に再現できるよう設定資料だけでなくアニメ内での着用シーンを何度も確認し、柄の出方を研究しました。
着物のデザイン画を描かれたHALKAさんのタッチを変えないよう注意を払いながら描きました。
②糸目糊置(佐藤樹梨)
草稿の下絵をゴム糊で生地にトレースしていき、図柄の輪郭部分を染めないようにする工程です。適量の糊を厚手の紙で作った小筒に入れ、下絵の線に沿って糊を置きます。この糸目の線が最終的な仕上がりの線となるため、桜の柔らかな表情が出るように線に抑揚をつけながら丁寧に描きました。
③糊伏せ(駒井梨沙)
地色を染める際、模様の部分に色が入るのを防ぐために必要な工程です。彩色(挿し友禅)をする模様の部分を上ネバ糊でかこんだ後、ネバ糊をムラなく置いていき、その上に挽粉(ひきこ)をふりかけます。挽粉をかけることで、不要部分にネバ糊が付くのを防ぎ、糊の乾燥を促す働きがあります。
④地染め(松本好三)
地染(じそめ)は引染め(ひきぞめ)とも言われ、生地に染料液を刷毛で均一に、またはぼかして染めます。引染は生地全体を染色することが多く、最も広い面積を染色するため、手描京友禅の重要な工程のひとつと言えます。この訪問着では、裾にかけて徐々に色を濃くぼかし、桜が徐々に色付く様を表現しました。
⑤彩色(挿友禅)(木村むつみ)
手描京友禅の工程中で、最も華やかであり、かつ重要な位置を占める工程です。同じ図柄、模様であっても、描く色の組合せによって、仕上がりのイメージが全く異なります。それだけに彩色をする職人独自の創造性が重要となる工程と言えます。
色々な筆と刷毛を駆使して糸目防染された模様のところに色を挿していきます。薄い色から濃い色へ順に進めていきますが、刷毛の扱い方しだいでぼかし模様なども染められます。この訪問着では、桜の柔らかさが出るように、花びら一枚一枚丁寧に陰影を描き込んでいます。
⑥金彩(宮川明弘・佐藤歌南)
金彩(きんさい)は、染め上がった生地を加飾する技法のひとつで、金加工とも言います。友禅染を引き立たせより華やかに表現するために、金や銀の箔、金属粉を使用します。一口に金彩と言っても、金や銀、着彩された色箔など材料も多く、またそれを用いた技法も多岐にわたります。それを適材適所で過不足なく加飾して行くのも職人の技量の見せ所です。今回の着物は、花芯の部分を型箔技法、花の糸目は通常のククリ技法と箔を用いた箔ククリ技法でそれぞれ表現しています。
◎袋帯
①生地(織文様 図案:廣田真理子・(株)伊と幸)
特選帯地「変わり立涌」
有職文様の立涌文(良い気運が立ち上る意味)を、図案家が独自にアレンジしたデザイン。変わり立涌が銀糸でキラキラと織り出された美しい帯地を使用しました。
②金彩(木村むつみ・宮川明弘)
黄色に地染めをした後に、2種類の金箔を使用し風に舞い散る桜の花びらを描きました。マスキングフィルムを桜の形に切り抜き、糊を引いて箔を貼り付けています。
◎帯締(梅原初美・(有)昇苑くみひも)
組紐とは三つ以上の糸などの束を交差させて作る紐の事を言います。
今回の帯締めは八つの糸束を使って組まれていますが、その見た目から「鴨川」「稲妻」「うねり八つ組」などと呼ばれており、通常の帯締めよりも少し太めに仕上がるように一つの束に120本の糸を使用した、合計で960本の糸を使って組まれた帯締めです。「角台」と呼ばれる道具を使って作られていますが、それぞれの糸束の先には糸巻きと重りの両方の役割を兼ねた重り玉が取り付けられており、この重り玉を左右にリズムよく動かしていくことで紐が少しずつ組まれていきます。
綺麗な紐を組むためには捻じれないように均一な一定の力加減で組む必要があります。角台で組まれた紐には伸縮性が生まれるのが特徴で、帯締めに適した組紐だと言われています。
完成した着物
――各工程についてのご説明や、拘り、工夫した点はございますでしょうか。
■下絵・配色(着物)
作品の世界観を大切にして進めました。
打ち合わせにて、KADOKAWA様や、着物デザインのHALKA様、色彩設計様、設定制作の皆さまにお話を伺っている際に、「美世の着物はピンクではなく本当は白のイメージ。段々色づいてピンクになっていくイメージです」と教えていただきました。作中で、美世の固く閉ざされた心が清霞の愛情と誠実さによって、徐々に解きほぐされていく様がそのお言葉にとてもリンクしました。ひんやりとした春の明け方、暖かい日差しを受けて少しずつ花開き色付いていく桜を描くのが相応しいと考えました。
■生地選び(着物・帯)
着物には少し空気の冷たさを感じる、銀糸が織り込まれた生地を使用しています。光の角度でキラキラと上品に輝きます。
帯には「変わり立涌」が銀糸で織り出された生地を使用。美世の複雑ながらも芯の通った生き方を表すのに相応しいと考えました。
■地染め(着物)
裾をぼかし上げて、色付く桜を表現しました。
■彩色(さいしき)
着物デザインのHALKA様が作中の着物に込められた世界観がとても美しくて、これを実際の着物でどう表現すれば「美世の着物の再現」になるだろうかと悩みました。打ち合わせでHALKA様や制作に携わる皆さまと直接お話しすることができて、イメージがよりクリアになり進めることができました。花が開くときのエネルギーや生命力、花びらの柔らかさを表現したいと思い、花びらの陰影を一枚一枚細かく描き込んでいます。
■金彩(きんさい)
風に吹かれたら散ってしまう儚さを表現できるよう、強弱を付けて仕上げました。
――本企画にご参加いただいたご感想をいただけますでしょうか。
この度はご依頼いただきありがとうございます。
大人気作品「わたしの幸せな結婚」の企画に参加できることを、作品の一ファンとしてとても嬉しく思っております。着物が大好きな私にとって「わたしの幸せな結婚」は着物が素敵すぎる、眼福なアニメ作品です。
どの話もとても丁寧に着物の柄が描かれているだけでなく、柄のチョイスや組み合わせがストーリー進行やキャラクターの人物像にすごくマッチしていて、制作に関わる皆さまが本当に着物の文化を大切にしてくださっているのがよく分かります。
このアニメを見た方の多くが着物を好きになること、またコーディネートなどにも影響を与えることを確信しております。
今回、たくさん登場する着物の中でも一番印象的な桜の着物を制作させていただけるのはとても光栄なことで、制作期間中すごく幸せな時間を過ごすことができました。
さらには、この着物を美世役の上田麗奈さんにご着用いただき大変光栄でした。
この度は本当にありがとうございました。
※2025年12月1日(日)開催TVアニメ「わたしの幸せな結婚」第二期桜咲く先行上映会イベント時の斎森美世役・上田麗奈さん着用写真
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